やりやすい換弦、やりにくい換弦――賽馬を例に

二胡ならではの特殊奏法ー換弦

弓でひく弦楽器(擦弦楽器・弓弦楽器などと言います)といえば、バイオリンの仲間から、馬頭琴、日本の胡弓など、いろんな種類の楽器を思い浮かべると思います。
それらの楽器と二胡との違いは、さまざまあると思いますが、なかでも「弓が弦と弦の間にはさまっていること」がまっさきに挙がるのではないでしょうか。
このような楽器の構造によって、「換弦」という特殊な奏法が必要になります。
他の楽器は、弓の傾きを変えたり(バイオリンなど)、楽器そのものの角度を変えたりします。バイオリンの場合はイメージしやすいと思うので、ここは楽器の角度を変えて換弦するシルクロードの楽器、艾捷克(ài jié kè)(『張韶老師の二胡講座』上巻11pの記載があります)の演奏の様子をちょっと見てみて下さい。

达斯坦乐团 阿地力 艾捷克 独奏 U-Dastan Ensemble Aijieke Solo

では、弓が弦と弦の間に挟まっている二胡はどうするかというと、主に指を使って、本来は弓の重さで外弦に接触している弓毛を、内弦に接触させます。

他の擦弦楽器と比べ、指先の細やかな操作が必要とされるのです。

換弦の4つのタイプ、2つの分類

この換弦の操作と、拉弓(ひきゆみ)・推弓(おしゆみ)の組み合わせによって、換弦のタイプは4つに分かれます。
①拉弓+外弦 → 推弓・内弦 の換弦
②拉弓+内弦 → 推弓・外弦 の換弦
③推弓+外弦 → 拉弓・内弦 の換弦
④推弓+内弦 → 拉弓・外弦 の換弦

しかし、例えば①で「拉弓+外弦」から「推弓+内弦」に換弦するのと、④「推弓+内弦」から「拉弓+外弦」に換弦するのは、実は同じなんです。

拉弓始まりか推弓始まりか、ってだけで、けっきょく、手が時計回りにぐるぐる移動するのです。

同様に、②で「拉弓+内弦」から「推弓+外弦」に換弦するのと、③「推弓・外弦」から「拉弓+内弦」に換弦するのもそうです。

拉弓始まりか推弓始まりか、ってだけで、けっきょく、手が反時計回りにぐるぐる移動するのです。

つまり大きく分けると、時計回りの①④と、反時計回りの②③になるわけです。

張韶先生は、指の動きと手首の動きを観察して、前者を反向(fǎnxiàng)・後者を順向(shùnxiàng)と名付けました。

その動きを整理して、私が図になおしたものを、『張韶老師の二胡講座』上巻、102pの訳注に載せています(下図)。

「順」「反」という漢字から分かるように、順向つまり反時計周りがやりやすく、反向つまり時計回りがやりにくいとの説明がありました。しかし、これはあくまでも一般的な例で、習慣などによってやりやすさには個人差があるようです。

私もレッスンの時にときどき思い出したように、「どっちがやりやすいですか?」と聞いたりしますが、必ずしも全員が「順向の方がやりやすい」と答えるというわけではありませんでした。

賽馬のいろんなバージョン

さて、このことをブログに書こうと思ったのは、「賽馬」をレッスンしているときのある気づきがきっかけでした。
もともと「賽馬」は、1963年「上海之春」二胡コンクールに黄懐海が出品(演奏も本人)したときの譜面を、沈利群が大胆にカット・編曲して、現在、一般的に演奏される形になりました。
沈利群

なので、弓法などにいろんなバージョンがあります。

このうち、私が目にとまったのは、次の2種類です。

Aタイプの譜面(王永徳『中国二胡考級曲集(上)』57p)


Bタイプの譜面(楊長安『二胡独奏曲精選』13p)

私が習ったのはAタイプです。

特徴は、快弓のところが拉弓始まりであることです。

そして、第2小節第2拍の「3235」のところですが、2つののうち、最初のは内弦指定、2つめのは、なにも記号が書いていないのですが、もしそのまま内弦でひいたら、以下のようになります。

(拉+内)→(推+内)→(拉+内)→(推+外)となり、ちょうど黄色マーカーの換弦部分が「反時計回り」つまり順向になるわけです。

すみません、最初にブログを公開したときは、私は自分のやり方を書いてて、それは2つめのを外弦でひくというものでした。次のが外弦だからそうしてたのですが、しかしそれでは反時計回りになっていませんでした!
2020/08/04に、加筆訂正しました。

さて、もうひとつの譜面、Bタイプの方を見てみましょう。

これは、快弓のところが推弓始まりです。

そして、第2小節第2拍の「3235」のところですが、2つののうち、最初のは外弦の指定があります。次のもおそらく外弦でしょう。

すると

(推+外)→(拉+内)→(推+外)(拉+外)となり、ちょうど黄色マーカーの換弦部分が「反時計回り」つまり順向になるわけです。

また、Bタイプの良さはもう一つあって、次の快弓換弦の難しいところと全く同じパターンでひけるのです。それは拨弦(ピチカート)が終わって少し後に出てくる、↓のところです。

この「3235」が、前出の第2小節第2拍の「3235」と全く同じ弓指法になるんです。

だから一石二鳥ってわけで。

ほかいろいろあるけど

この例を見つけたとき、「順向・反向」を説明するのにピッタリの良い例だ!と思って、ブログを書く動機になりました。

しかし、賽馬は20年以上やってて、そういう譜面をずーっと、数え切れないくらい見たことがあったのに、このレッスンで改めて見るまで、なぜかまったくそのことに思い至らなかったのです。

それに新たに気づけたのも、また、二胡レッスンの醍醐味だと言えるでしょう。

賽馬には、最初に述べましたが、ここに挙げたほかにもいくつものバージョンが存在します。そのなかで、自分が気に入ったものを取捨選択して、自分なりのバージョンを作っています。

そして生徒さんにレッスンするときは、できるだけそれらの選択肢を示し、それぞれの長所・短所をご説明したうえで、ご自分で選び取ってもらうようにしています。

もしこの曲を大勢で一緒にひくんなら、それらも全部統一したほうが良いのかもしれません。

しかし、なんかの舞台で、名だたる二胡の大御所である先生方が一斉に賽馬を演奏なさったとき、みなそれぞれ好きなようにひいていました。

統一されてなかったのに、それがなんか生き生きと感じました。

統一されることによる力強さや一体感もいいし、統一されなくても、それはそれで、奔放な自由さや、それぞれの馬がそれぞれに全力疾走しているような躍動感もある・・・

みんな違って、みんないい(ってまとめてもいいですかね???)

***
違っててもなかよし

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