《コンテンツ》
●「響き」へのいざない
●空間への認識
●すべてが振動する
「響き」へのいざない
私が最初に「響き」に目を向けたのは、ものすごい劣等感がきっかけでした。
アレクサンダーテクニーク講師養成学校に入学した私は、いつも不安を抱えていました。
例えば、楽器やボーカルなど、音楽畑のトレイニーさん(ここで学ぶ方々をこのように呼んでいます)がアクティビティをやって、それに対して講師の方がシンキングやユースなどについて何らかのアドバイスをなさり、そのアドバイスに沿った「実験」をやってみる。
すると、音や声が変わるときがあります(「実験」なので、さまざまなことが起こりえますが)。
時に、周りでみてる方々が思わず「ほ~」と声を上げたり、拍手してしまったりするくらいの劇的な変化が起こるときもあります。
そんな場合、私も一緒に「わ~」とか言っているときもありますが、変化してるのかどうかがほとんど分からない時もけっこうあるのです。
すると、「わたしだけが分からないんだ・・・」という、なんともいえない悲しい気分に襲われます。
「そのうち分かってくるよ」
「分かるかな・・・分からないかも・・・という不安がジャマしてるんじゃないかな?」
「分からなくても平気。まず自分のユースの方から考えよう」
「みんながみんな、分かっているかどうかも分かんないんだから不安がらないで」
「あくまでも“~に見える”とか“~に聞こえる”とか、そういう主観的な判断なんだから」
正確に再現はできませんが、いろんな先生方やいろんな先輩方から様々なアドバイスや励ましをいただきつつ、それでも四年、五年と経つにつれ、なんか私は講師資格を取るのはむりではないかという諦めのような気持ちすら芽生えてきたのです。
そんなある日、時々教えにいらっしゃるバジルさんにそのことを相談したことがありました。
すると、バジルさんは「音でなくて“響きを聞く”訓練をしてください」とおっしゃったのです。
「響きを聞く、とは?」
私がちょっときょとんとしていると、バジルさんは私を部屋のあちこちに行って「あー」と声を出し、その響きを聞くようにいいました。
実際にやってみました。部屋の真ん中で「あー」。すみっこの引っ込んでいるところで「あー」。窓の近くで「あー」。子どものように、あちこち駆け回りながら「あー」と声を出し続けました。
どれも聞こえ方が違います。特に、天井が高くなっているところではぜんぜん響きが違ったのです。
あ、これなら私でも分かるかも・・・と思いました。
空間への認識
それからしばらく、誰かや自分が話しているときは、その声の響きを聞くようにしていました。
しかし、いつの日かそのアドバイスを忘れてしまっていました。
ひさしぶりに思い出したのは、一人でレッスン室で二胡を練習しているときでした。
あ、そういえば「響きを聞く」というミッションがあったなあと。
そこで、畳の部屋や会議室などで、思い出したらその空間にひびく自分の音を聞くことにしました。
また、生徒さんとレッスンしている時に思い出して、何人かの生徒さんと一緒にやってみたこともありました。
生徒さんにレッスン室で大きめの声を出してもらいます。
その次に、ひびきを聞くようにお伝えして、もう一度同じように声を出してもらったり、つづけて、二胡でも同じように響きを聞きながら音を出してもらったり・・・。
すると、言葉ではうまく言い表せないのですが、何かの違いがあったのです。
それは、聞き方なのか音の出し方なのか分かりませんが、変化が起こったことは確かでした。
そして、生徒さんの変化は、私にも希望のようなものをもたらしてくれたのです。
ちいさな変化でもいい、少しずつできるところから積み重ねてみよう、と。
すべてが振動する
音は振動です。
楽器の仕組みから言うと、弓が弦を振動させ、その振動がコマを伝わり、蛇皮を伝わり、共鳴胴(琴筒)を振るわせ、という感じです。しかし、それだけでは音は伝わりません。
琴筒で拡大された振動は、さらに空気を振るわせ、聞いている人の鼓膜を振るわせることで、音が聞き手に届くのです。
それだけではありません。
楽器は太ももや左手にも触れています。そこから自分自身の身体全体に伝わっていきます。もちろん、自分の鼓膜も振動していることでしょう。
ここで考えて下さい。
自分自身がギュッと縮こまっていたら、自分自身に伝わる振動が殺されるのは容易に想像できるでしょう。
想像しにくい場合は、太鼓を叩くときに、バチで太鼓の皮に触れた瞬間、ギュッと押さえつけるのと、皮に接触した瞬間にポンと弾ませるのとで、どっちが音が響くか考えてみたらいいかと思います。
自分を縮ますのは筋肉です。というか、筋肉は縮むことでパワーを発揮します。
筋肉で身体を動かさないと、そもそも楽器の演奏ができません。
しかし、必要な筋肉は使いつつ、必要以上の力は使わないことで、演奏もラクになるし、さらに、自分に伝わってくる振動をできるだけ殺さずにすむのではないでしょうか。
楽器も、私自身も、私の周りの空気も、この部屋の壁も天井も、聞いている方々の鼓膜も身体も、みんな振動している。
響きに耳を傾けることで、振動が伝わっていく空間や、伝わっていく先のお客さんを思い出す。
響きに耳を傾けることで、私自身も十分に響くように、ふと無駄な力を抜く。
・・・そのような意識を持って、練習したり演奏したりできたらいいなと思いました。
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響きと言えば、球場のヒーローインタビューで面白いことがありました。
インタビュアーは女性で(いまではそう珍しくもないですよね)、インタビューされている選手の声はワンワン響いて何を話しているのか聞き取りにくかったのに、インタビュアーの女性の言っていることはまだなんとか聞き取れたのです。
選手が野球のプロなら、インタビュアーは話のプロ。ちゃんと響きを計算して、聞き取りやすいようゆっくり話しているいるのではないかと思いました。また、女性の高い声が男性の低い声より聞き取りやすいとかもあるみたいです。
このときのことはツイッターでもつぶやきました。
ヒーローインタビューのことだけではなく、自分の授業の時の響きの話も書いていますね。
(続き)1、2コマめの疲れが蓄積したんだと思いこんでたが、それだけではなかったのだ。
もう一つの発見は、京セラドームにロッテ×オリックス戦を見に行った時のことだ。宗選手のヒーローインタビューが、ドーム中にわんわん響いて何て言ってるのかよく聞こえなかったが、しばらく耳を傾けていると(続く)— 井上幸紀 (@erhumao) May 2, 2023