●あれ、こんなところに…
●劉天華とその時代
●「実感」を伴う理解
あれ、こんなところに…
むかし、なにかの用事で京都に行ったとき、たまたま「本能寺」に出くわしたことがありました。
「敵は本能寺にあり!」の、あの本能寺です。
そのとき私は、寺町通りというアーケード街を通っていました。
何のためにそこを通っていたのかは思い出せないのですが、観光客でにぎわうアーケード街を移動していました。途中、忽然と「本能寺」という文字が飛び込んできたのです。
しかし、そこを目指してないのに、さらにアーケード街という近代的な?ところを通っていたので、ほんとうに意外でした。
絶対に写真を撮ったはずなのですが、「いつ」が分からないので探し出せず、悔しいです。
中に入ってはいないので、きっと、散策ではなく、移動中だったということは推測できるのですが・・・。
見学はしなかったものの、歴史での出来事が、ほんとうに、「ここ」で起こっていて、信長とか、光秀とかが、このあたりを通ったりしたんだなあと、深い感慨を覚えた記憶だけはあるのでした。。
(とはいえ、現在の本能寺は、信長が死んだ跡で当時とは別の場所にあるみたいですし、「じつは光秀が別の所にいた」という説(たとえばこちら)があることを最近知ったりして、いろいろアレなのですが・・・)
劉天華とその時代
さて、ここからが本題です。
いま、わたしは杉原先生が代表をおつとめになっている、京都アモルファス音楽研究会において、劉天華の一生をたどる「劉天華とその時代」というzoom講座を担当しています。
1回目は劉天華の青春時代を。
↓の写真は、一曲目の病中吟を作曲した1918年ごろの劉天華です。

2回目は結婚から、大学に職を得るまで。
↓の写真は、1922年、北京大学音楽伝習所で勤め始めたころの劉天華です。

そして、先日(2026年8月3日)3回目の講座を終えました。
↓の写真は劉天華とバイオリンの先生です。

個人的にはいくらでも長くやっていきたいのですが、聞いている方も大変だと思うので、あと1回か2回くらいには終わらせようと考えてはいるのですが・・・
で、三回目の内容は、せっかく職を得たのに、政治の荒波をもろに受けてそのほとんどを失った時、彼が逆境に挫けず、どのように過ごしたのかということでした。
この時期に、二胡曲・琵琶曲を精力的に作曲したのですが、さらに劉天華が成し遂げたことのひとつが、「国楽改進社」の設立だったのです。
「国楽」は、中国音楽のことです。
当時、中国の音楽は、西洋の音楽と比べて、遅れていると思う人が多かったのですが、劉天華は、中国の音楽も素晴らしいと考えていました。
そのために、音楽教育や研究、古い音楽や民間音楽の保存や、楽器や記譜などの改良が必要であると感じ、志を同じくする人々と、新しい組織を立ち上げたのです。
(名誉会員の中には、なんと日本人もいたのですよ!)
「実感」を伴う理解
劉天華は、国楽改進社創設に伴い、少し広い家に転居して、自宅兼事務所にしました。
北京の伝統的な住居の形式は、「四合院」と呼ばれています。
(詳しくは、こちらをご覧ください)
劉天華の家は、娘さんの話によると“三”合院だったそうですが、その内の一屋を事務所にしたそうです。なんと「大阮府胡同27号」と、住所まで書いてありました(『劉天華全集』222pより)。
そこで、ちょっと調べてみたのです。すると、なんと故宮のすぐ東にあったではないですか。

あれ、スマホからのスクショだと見にくいですね。

パソコンからのスクショも見にくい・・・著作権の関係でしょうか?
詳しくは、https://t.co/UWN2s7nzui をごらんください(Googleマップの大阮府胡同にリ飛びます)。
大阮府胡同は、北京の著名な繁華街・王府井の歩行者天国を横切るような形で伸びています。北京ダックで有名な全聚徳も近くにあります。足を伸ばせば、かつて何度も尋ねたことのある張韶先生のご自宅へも、徒歩圏(2~30分くらい?)でもいけそうな距離でした。
王府井の地下鉄駅に向かったときに、たぶん何度もこのへんを通ったはずでした。
不思議なことに、具体的な住所を知り、その場所を調べて、「あのへんで劉天華が生活していたのか・・・」と想像するだけで、なんか、歴史上の人物である劉天華のことが、ちゃんと実在していたという当たり前のことを、肌感覚で実感できたというか・・・。
地図を拡大してみましたが、商業施設くらいしかなく、おそらく住居などはすでに残ってないものと思われますが(江蘇省江陰の生家は劉氏兄弟故居紀念館として残っています。行ったことないですが・・)、それでももしこのことを知っていたら、この胡同をぶらつくことができたのに、とちょっと残念に思いました。
もしいつか、北京を再訪する機会があれば、ぜひ改めてそのへんをぶらついてみたいものです。
※上記の記事は、2026年8月4日の旧ツイッターのつぶやきを再編集したものです。