●つやつや成分で大失敗?
●ある生徒さんの疑問
●好奇心が作りだすもの
つやつや成分で大失敗?
多くの方がご存じかと思うのですが、弓の毛は馬のしっぽでできています。
(バイオリンと二胡は、弓棹の材質こそ違いますが、弓毛はどちらも馬のしっぽであるという点では共通しています)
しっぽの毛の表層には、私たちの髪とおなじように、毛を保護する鱗のようなもの――キューティクルがついています。
このうろこに弦がひっかかることで、音がでます。
むかし、インターネット上の交流が、おもに「掲示板」などで行われていた頃。
どなたかが「弓が黒ずんでしまったのでシャンプーで洗ってリンスしたら、ツルツル・ツヤツヤになって、音が出なくなった」というエピソードを投稿していて(詳しい一言一句はうろ覚えですが)、思わず笑ってしまったことがあります。
ヒトの髪の毛だったら、キューティクルが開いている=髪の毛がパサついてるということなので、しっかりと閉じて、ツヤツヤであってほしいです。
ですが、弓の毛だと、このパサつきこそが、弦へのひっかかりを生み出しているのです
(もちろん、松脂の助けも必要ですが)
毛としてのベストな状態と、弓の毛としてのベストな状態が正反対だなんて、面白いなあと思いました。
ある生徒さんの疑問
ある日のレッスンで、どういうきっかけだったか忘れましたが、上記のような話をしたことがありました。
キューティクルがひっかかって、音が出るんですよ、と。
そしたら、生徒さんがおっしゃったのです。
「だったら、どっちか一方向に動かす時にしか音がでないということですよね?」
え???
おもわず、シャンプーの宣伝でよく出てくる、キューティクルの拡大図を想像しました。
たしかに、松ぼっくりのカサみたいに、一方向に並んでいます。
だったら、ひっかかりも一方向になりますよね。
けど、拉弓でも推弓でももちろん音は出ます。
一体どうなっているんだろう・・・・
二人でアタマを抱えました。
しかし、この問題はじきに解決したのです!
ある楽器屋さんと話しているときに、「弓の毛は一本一本互い違いにセットしている」ということを教えていただいたのでした。
そんなに手間がかかっているとはつゆ知らず・・うっかりあちこちにひっかけて、ブチブチと毛を切っていたことを反省しました。
好奇心が作りだすもの
一方で、「弓」という仕組みを考えた方のすごさにも思いを馳せました。
彼らはキューティクルの仕組みなんて知りません。
しかし、ヒトの毛や馬の尻尾などは、しごく方向が違うと何か指に引っかかりがあることを感じ取り、
それで何かを擦ると音が出ることを発見し、
やがていろいろなパーツを組み合わせて、一つの音の出る道具――楽器を作り出しました。
そこに至るまでに、ものすごい長い時間と、ものすごい回数の試行錯誤が存在したことと思います。
こういうことを考えるときに、いつもアタマに浮かぶのが「漢方薬」です。
ある症状に、ある植物が効く(漢方薬の原料は植物に限りませんが)。
症状は無数にあります。また、植物も無数にあります。
その組み合わせは無限大。
しかし、長い長い時間をかけて、いろいろな組み合わせを試し、時には失敗し(命が失われることも数多くあったでしょう)、長きに渡る膨大な経験から、そこにたどり着いたと思うのです。
昔のヒトは勤勉だったのでしょうか。
もちろん、漢方薬とかはヒトの命がかかっているので、一生懸命に研究してきた方々の存在があったことでしょう。
しかし、楽器はどうでしょう。
生命に直結する道具ではなさそうなこの道具は、全世界に存在します。
形も音色も奏法もさまざまな楽器たち。
その多種多様な姿を見るだに、私はヒトの好奇心の素晴らしさや豊かさを感じます。
きっと、身近なものを活かし、「どんな音が出るだろう」「どんな音が出せるだろう」という人々の好奇心から、作り出されてきたと思うからです。
私たちも同じように、好奇心を持って、まるで初めて手に取るかのように、楽器に触れてみましょう。
どれくらいの力加減で、どちらの方向に、どんなタイミングで、どのような心持ちで音を出せばいいのか。
こうやったら、こんな音が出るんだ! と、好奇心を持って、遊んでみましょう。
最初に、あなたが「この楽器をひきたいなあ」と憧れていた頃を思い出して。
その望みがやっと叶えられた状態が、「いま」なんだということを味わって。
そしたら、新たな扉がひらいてくるかもしれませんよ。