太湖船の小さな謎

《コンテンツ》

●ある日のレッスン

●生じる疑念

●実は生徒さんの方が・・・?

ある日のレッスン

二胡レッスンでG調に入る時に、よくやっていただくのが「太湖船」という民謡です。

最近では、まず聴音によってメロディを数字譜を書き取っていただいて、ご自分の譜面を作っていただきます。

そして、この曲が民謡であることをお伝えして、それを聞いて頂いたり
(スマホですぐ聞けるようになったのは本当にありがたい)、

歌詞がしめす情景をお伝えしたり、
太湖という湖を無錫で見たことをお伝えしたり、

中国に多い五声音階であることや、
それがG調ならほぼ指2本でひけますよ~(一瞬だけ四指使いますが・・・)
とかお話したり、

この曲をまず半分に分けてみたり、
おんなじフレーズがあるかどうかを探したり、と
曲の構造がなんとなく分かるような作業をしたり、

私がひくピアノ伴奏とのあわせ練習をして、
私にどのくらいの速度でひくか指示していただいたり、
前奏のあとにどんな感じで入るか試していただいたり、
伴奏を聞いて二胡と同じフレーズをひいている箇所を探していただいたり、
1回目と、リピートしたあとの2回目の伴奏の違いを聞いていただいたりします。

***

で、ある生徒さんと、じゃあ「太湖船」をやってみましょう、ということになり、
まず1回目のレッスンで聴音を兼ねて譜面を書き取っていただき、
次回までもしお時間があったら
「この譜面を家でひいてみて、弓の記号(連弓記号)をつけてみる」
という宿題をやってみてくださいね、とお伝えしました。

そして2回目のレッスン。
生徒さんに譜面を見せて頂きました。

八分音符は一拍ずつつなげています。
一方、付点四分音符+八分音符のペアは、すべて分弓にしていました。
そっちのほうがひきやすい、ということで。

私は内心考えました。
8分音符はいいとして、自分が知っている太湖船の譜面の弓とは違うなあ、と。

生徒さんの作業結果を尊重しつつ、でも別の選択肢もお伝えしたい。
そうだ、歌詞との関連性についてお話ししてみようかと。

生じる疑念

ここで、私が知っている弓法について説明します。

太湖船のメロディを12小節+12小節にわけて、
これにそれぞれ練習番号ABをつけると、

A①:3 5 |3 23|5 32|3ー|

A②:3 5 |32 1|2 35|2・3|

A③:1 16|5 56|1 23 |1-|

B①:2・3|2 23|5 65|3ー|

B②:3 5 |32 1|2 35|2・3|

B③:1 16|5 56|1 23 |1-|

※半角数字は八分音符。
※A③とB③の6と5は低音点が付いている

A②とB②は全く同じですが、ここの「2・3」は連弓、
B①の「2・3」は分弓になっています。

これについて、私自身は歌詞と照らし合わせて、私なりに納得していました。

↓に、中国語の歌詞が載ったサイトを載せます。

https://www.cnscore.com/number/view_tab_v8fn9g335px.html

譜面自体はギター譜ですが、歌詞と数字譜だけ見て下さい。

A②とB②の「2・3」の歌詞は一文字です(「陣」と「揺」)。
一方、B①の「2・3」は「黄昏」の二文字です。

一文字はつなげて、二文字は分ける・・・これならスッキリしますね。

実は日本語の歌詞もありました。

http://bunbun.boo.jp/okera/tato/taiko_sen.htm

これも、A②とB②の「2・3」の歌詞は一文字です(「き」と「も」)。
B①の「2・3」は「ゆく」の二文字です。

日本語訳だとフレーズのつながりが違ったりすることもありますが、
この翻訳者の方はうまく訳されていると思いました。

それを確認したうえで、ちょっと生徒さんに、弓と歌詞との関連性について考えて頂こうと思って、スマホで検索して最初にヒットした歌詞つきの動画(↓)をみていただいたのです。

ロケ地がなぜ太湖ではなく西湖なの?と思わずツッコミを入れてしまいましたが、ほどなく「0:34~0:36」のあたりで、アレ?と思いました。

私が知っているA②~A③の歌詞を二胡譜と結びつけると

3 5 |32 1|2 35|2・3|
湖 上|飘 来|风 一|阵~|

1 16|5 56|1 23 |1-|
行 啊|行 啊|进 啊 | 进 |

なのですが、上の動画ではA③が

3 5 |32 1|2 35|2・3|
湖 上 飘 来 风 一 阵 啊

となっていて、まあ、それでも

湖上飘来风一阵
行啊 行啊 进啊 进

と、文末につくんだったら私のそれまでの解釈と同じ分かるのですが、
字幕では明らかに

湖上飘来风一阵
行啊行啊进啊进

と改行されています。

「啊」は文末の語気助詞にも、文頭の感嘆詞にもなるのですが、
この動画の「啊」は感嘆詞扱いになってるようなのです。

じゃあ、別の動画ではどうだろう?
日本人の多く(わたし自身を含む)がこの曲と出会ったのは、おそらく↓のCMだと思うのですが・・・・

その0:16~の例のところ、やっぱり、字幕では「啊」が文頭に来ています。
「啊」の前で息を吸っていますので、やはりここで切れるのでしょうか?

ただし、ブレス箇所が絶対にフレーズの切れ目とは限らないのですが・・・

ほかの動画も見てみました。

これは、「啊」じゃなくて「呀」ですが、やはり字幕は文頭に来ています。

湖上飘来风一阵
行啊 行啊 进啊 进

上のは、字幕は

湖上飘来风一阵
行啊 行啊 进啊 进

になっていますが、やはり「啊」の前で息を吸っているように聞こえます。

3つの動画に限られますが、

・ブレス箇所は3つの動画ともぜんぶ「啊」の前
・字幕は2つが冒頭、1つが文末

ということになりました。

ただ、上に書いていますように、ブレス箇所が必ずフレーズの切れ目とは限らないようです。
(「ブレス箇所」を「連弓の切れ目」とおきかえても同じです)

どこでブレスを取るかという問題は、弓法と同じく、非常にフレーズにかかわります。

だから、基本的に、フレーズの切れ目でブレスを取るそうですが、
場合によっては、ブレス箇所が必ずフレーズと合致するとは限らない。

(これは、ちらっとだけ顔を出したノートグルーピングの研修で、多くの質問がでた箇所でした)

深く関係するが、「必ず」ではない・・・。

実は生徒さんの方が・・・?

この曲はいったい何十回ひいたか分からないくらいで、
私の中ではむちゃくちゃポピュラーな曲でした。

しかし、ちょっと調べてみると、自分が「知っている」と思っていたことでも
あれ?と揺らぐような「別世界」が広がっていたのです。

けっきょく、どっちが正しいのか分からないままなのですが、
動画の字幕を見る限り、「啊」感嘆詞説=文頭が優勢かもしれません。

ということは、すくなくとも器楽としてのひきやすさは措いといて、
いまのところは、生徒さんの弓法の方が、より歌に近いかも、ということになりますが、
まあ、そのへんの解釈は、ふんわりしたままにしておこうと思います。

(わたしも、それをしっかり判断できるよう、もう少し勉強しなくては・・・)

ただ、ここで一言お伝えしておきたいことがあります。
たとえもともとが歌だったとしても、それが器楽になったときに、絶対に歌に忠実でなくてもいい、ということです。

器楽は器楽として、わけて考えて、器楽ならではの表現になってもいいと思います。
それは考え方次第というか(もちろん、原曲をみることで大いに楽曲の解釈を助けてくれますけど)。

同様に、もとの歌詞が一文字だからぜったい弓をつなげなきゃ、とか、逆に
歌詞が2文字だからぜったい弓を分けなくちゃ、ということもないんです。

ここでいいたいのは、「いろんな解釈ができるんだなあ」ってこと、
「これが正しい」と思っていたことが、必ずしも絶対ではないかもしれない、ということでした。

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↓は太湖ではないが住吉公園内の湖(池?)です。

アオサギとシロサギ(木の上)がいました。

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