二胡を楽しむ会って?
いまのところ、私は自分にいくつかのルーティンを課してます。
1つは、長期休み(夏休み&春休み)の間に「二胡を楽しむワークショップ」を行なうこと。
今年は、2月、3月、4月の第1水曜を使って、3つのワークショップを開催しました。
もう1つは、4月・8月・12月に、「二胡を楽しむミニコンサート(仮称)」で演奏すること。
これは、ふだんは、「二胡を楽しむ会」として、月2回(通常は第2、4水曜。たまに1、3週になることも)にグループレッスンを行なっていますが、1年に4回だけ、最初の一時間を、自分が自分自身が演奏する時間に当てているのです。
集まってくださる方々の前で、「緊張しい」の私が人前で弾くという実践をさせていただき、そのお礼として、リクエスト曲を受け付けたり、曲について調べたことを文章にまとめて、皆さんに還元する形にしています。
でも、なんて名前にしようか迷ってて、通常のグループレッスンと区別するために、たまに「ミニコンサート」とか言うたりするけど、コンサートっていうほどちゃんとしたものじゃないしなあ・・・ほな「ライブ」にしようか、でも、そんなおしゃれな感じじゃないしなあ、などなど、考えがぐるぐる巡ります。
でも、「二胡を楽しむ会」の番外編みたいな感じでやってきたこともあり、当日のプログラムには「二胡を楽しむ会」のままにしています。
この日は、11人の方々が集まってくださいました。
だいたい、これらの会は天王寺区民センターのピアノがある第4会議室でやっているのですが、今回はすでに埋まっていて、第1会議室で行いました。
第1会議室はピアノが残念ですが(使う時はキーボードを借りられるけど)、机もコロコロがあって移動しやすし、椅子も軽くて肘掛けが無くて良いんですよね~。
プログラム
・陽関三畳(無伴奏・リクエスト曲) 古曲 編曲:閔惠芬
・アメイジング・グレイス(リクエスト曲)作曲者不詳
・舟唄 作曲:浜圭介
・江南春色 作曲:朱昌耀・馬熙林
●「苦悶之歌」は、自分なりの目標「劉天華を全曲弾く」のためです。
10曲から、親しんでいる曲、好きな曲を選んでひいていったら、必然的に、よう分からん曲「苦悶之謳」と、難しい曲「悲歌」が残ってしまいました。
「苦悶之謳」はかなり初期に習ったのですが、その当時から20年近くたった今でも、結局分からんまま。でも、今回、覚悟を決めて3ヶ月間この曲と向き合ってみました。
参考に、張鋭、王国潼、厳潔敏等の演奏を聴いてみましたが、みなあまりにも違っていました。
けっきょく、それぞれの奏者がそれぞれの感性で劉天華と向き合っているんだ、ならば、私は私なりの解釈をしようと悟りました。
曲名は「苦悶」ですが、別名は「苦中楽」です。それをヒントに、このフレーズは「苦」だろうか「楽」だろうか、と練習しながら自問自答し、やっとなんとか構成が見えてきたのは3月の終わりから4月にかけてでした。
もちろん、これは「現在」の私の解釈であり、また今後は変わってくるだろうなと思います。
●「陽関三畳」は、リクエスト曲でしたが、いぜんこの会で演奏したことがあるので、少し措いておきました。しかし、とても好きな曲です。
初めて学生時代にツアーで中国に行ったとき、自分へのお土産として買い求めたカセットテープ。その「江河水」というテープの中に入っていた7曲は、繰り返し繰り返し聞き続け、二胡という楽器がどういうものかすら知らなかった当時の私の心に刻まれました。「陽関」もそのひとつです。
ちなみに、二胡バージョンは3回繰り返さないので「陽畳三畳」じゃなくて「二畳」なんですよね。その「一畳」分を、今回は歌で補うことにしました。
歌は趣味で習っているだけなのでシロウトなのですが、雰囲気だけでも伝わればいいかなと。
●で、あとは、これもリクエスト曲である「アメイジング・グレイス」と「江南春色」をひけばいいやと。しかし、プログラムを見渡すと、日本の曲がぜんぜんないことに気づきました。
そこでいろいろ考えて、最近のグループレッスンでときどき演歌ブーム(?)が巻き起こるので、私も演歌をひこうと、「舟唄」を選びました。
曲が決まったのですが、曲の順番はどうしようか。どこに入れても唐突だなあと思って、とりあえず措いといて、まずは「舟唄」についていろいろ調べていました。そして、歌詞を見ている過程で、この曲が民謡をもとにしていることが分かったのです!
知っている人はとっくにご存じなのでしょうが、私がそれにたどり着いたときは、なんか偶然の糸に導かれたというか、すごく大げさな感動を覚えました。
ほんで、やはり民謡をもとにしている「江南春色」とつながりました。そこで、これらをまとめて紹介しようと、曲順も決まりました。
最後の難関は、「江南春色」の伴奏です。
「舟唄」も既成伴奏の間を少し調節したりしたものの、「江南春色」は冒頭に散板、そこからは速度が安定していますが、途中からアッチェレがかかって軽快な速度にあり、さらにそこからスケールの大きい広板に入ってテンポがまた落ちます。最後のところも微妙にかわってきます。そのへんの加減が難しかったです。
でも、この曲をアカペラでひくのも、ちょっと勇気が無いし、じゃあまた今度にしようか、となっても、やっぱ「春」の曲は春にひきたいから、次の機会は1年後になってしまう。それはちょっと残念なので、本番ギリギリまで微調整を繰り返しました。
そうやってなんとか迎えた本番。
伴奏はiPadでやりましたが、「舟唄」と「江南春色」を弾く前に、それぞれの曲のもとになっている民謡をiPhoneで聞いてもらったいました。
そのとき、iPhoneの指紋認証が、いくらやってもうまくいかないのです。
仕方なくパスワードで開きましたが、もしかしたらヘンな汗をかいていたのかもしれません。
グループレッスン:好奇心をもって
このあと、ちょっと休憩をとり、希望者の方は残ってグループレッスンの時間です。
「はじめまして」の方もご一緒に、一人一人の「望み」に沿って、いろんなことをやっていきます。
ワークショップは「わたし発」ですが、グループレッスンは「生徒さん発」なんです。生徒さんがやりたいことをやってもらったり、生徒さんの質問をみんなで考えたりしながら、レッスンが進んでいきます。
面白かったのが、この日は天気が悪く、湿度も普段より高かったので、けっこう手がベタベタする悪条件でした。にもかかわらず、いや「だからこそ」「あえて」その環境で弾いてみるという試みに、多くの方がチャレンジなさったんです。
いろんな形での「本番」を控えている方も多くて、時には私がメンバー役をしたりしつつ(久しぶりの二重奏、楽しかったです!)、ソロから、重奏、トリオなど、多くの方々が「悪条件+人前で弾いてみる+新しい環境でひいてみる」という、やってみないと分からないというチャレンジをしていきました。
そこでできるだけ本番に近い手順・形態でできるよう工夫しながら、「初めて」の環境でひいたときに、自分に起こることを「好奇心を持って」観察する。
アレクサンダーテクニークは頭脊椎のコンディションが全体に影響を与えるという考えが根幹にありますが、もうひとつ大事なことに、「身体と精神は切り離せない」という事実を重んじます。
びくびくしながら、強制されながら、等々の感情は、身体のコンディションに影響を与えてしまいます。だからこそ、どうとらえるか、どう臨むか、という「シンキング」が重要になってきます。
だからこそ、さっきの「好奇心」が役に立ちます。
ふだん練習している自宅とは違う場所。いや、たとえ場所が同じでも、そこに居る人が違うかもしれない。ひく曲も、時間帯も、気温も、当日の自分自身のコンディションも。
一つとして同じモノはない。
音楽はナマモノだ。
だから、何が起こるんだろう、とワクワクしながら、「好奇心」をもって、「客観的」に自分を観察してみるんです。
手ばなす
もう一つ、本番に臨むときに、いちばん不安なのが、自分が練習していてうまくいかないところ。
間違えないようにひく。落ちついてひく。そういうことを目標にしても、身体は何をしていいのかさっぱり分かりません。
それよりも、
・この曲のこんな感情を、情景を、物語を聞いている人に伝えたい
というのが、大きな柱になります。そして、それを伝えるために、どんな音色で、どんなタッチで、どんな速度で表現すればいいか、ここから具体的な練習が始まります。
そして、それを本番で「行なおう」と決め、行なっていく。
行なおうと決めたことを実行した、それでもうOKなんです。
行なった結果は問わない。それは、演奏中にやることではないので。
音楽の時間は止まらずに流れていきます。だから、次々に伝えるために「行なおう」と決めたことをやる時が、ハードル走のハードルのように、バンバン目の前にやってきます。
後ろを振り返る余裕なんて無いんです!
だから、結果がどうだったかを振り返ることはせず、「手放す」
***
そして、自分が困難だと思っているフレーズに対しても、そこに必死で集中したりせず、「手放す」。
集中は、カメラでいうズームインです。視野がせまく、意識は部分のみに集中します。
アレクサンダーテクニークでは、問題に対して「直接」コントロールしようとしません。
あくまでも、頭ー脊椎のコンディションを整えることで、身体が自由に動くことができるように「間接的に」コントロールします。
これらの「手放す」はほんとうに勇気が要ります。
でも、それを支える「信頼」するに足るものが必ずあるんです。
信頼
「手放す」勇気をもつために「信頼」できるもの。
人によっては、それは自分の日頃の練習だという場合もあるでしょう。
しかし、私たちには「生活」があり、すべての時間を費やすことはできません。
というか、ただ長時間ひくだけの練習よりも、どう練習するかということを考えなくてはいけないのですが、そこは話が長くなるので、ちょっとおいときましょう。
いまのところ、私自身の「信頼」はいくつかあります。
それは、
・これまで二胡やアレクサンダーテクニークなどのレッスンで学び、それを自分なりに練習したり、調べたりしてきたことへの信頼(自分の蓄積への信頼)
・アレクサンダーさんが発見した「頭脊椎の関係」をはじめとする自分の心身のしくみへの信頼(自分のしくみへの信頼。これはまだあまり信頼しきることができない私ですが)
・聞いてくださる生徒さんが、どんな演奏でも受け止めてくださり、たとえ間違っても、それを糧としてくださるだろうという信頼(他者への信頼)
などです。ほかにもいろいろでてくるかもしれませんが、いまの時点で思いつくことはこんなところです。
とくに、最後の一つは、このグループレッスンで私自身にもたらされたことが多いです。
例えば、私が応えられない生徒さんの疑問について、他の生徒さんがいろいろ助け船を出してくださったり、自分の経験や感想をシェアしてくださったりします。
私も、「へえ!」とびっくりしながら、みなさんから学ばせてもらっているのです。
そういう方々に、私も自分の経験や、今の学びをシェアしたい、と心から思うわけです。
***
下の写真は、最後まで残ってくださった方々と写した写真です。顔出しNGの方が撮ってくださいました。残ってくださって、撮ってくださって、ほんとうにありがとうございました。
でも、途中でお帰りになった方もたくさんいらっしゃいました。
自分の演奏が終わった直後に、みなさんに集まってもらえばよかった・・・。
撮影のことを思い出せなかったことを悔やむばかりです。すみません。
・次回のグループレッスンは5月8日(水)
・次回の「二胡を楽しむ会・ミニコンサート」は8/21(水)
・次回の「二胡を楽しむワークショップ:右手編(再開講)」は9/5「に行なう予定です。
お問い合わせは、こちらまで。
●アンケートより(掲載可の方のみ)
☆min様
・感想など
本やネットでは得られない知識が増えました。
曲の背景にある中国の文化歴史がおもしろかったです。
民謡もいっぱい聞いてみたくなりました。
先生のお唄、ステキです。次回も楽しみにしています。
・リクエストなど
山丹丹の唄も曲も私的に好きなので、リクエストします。
※にゃんと、アンケート用紙の隅っこのイラストが、この方の手によってさらにバージョンアップされてました! しっぽと足が増えてる!
☆楊様
・感想など
陽関三畳の歌を初めて聞きました。素敵でした。
舟唄のダンチョネ節の所も歌えるように弾きたいです。
アメイジング・グレイス、先生のように人前で弾けるようになりたいです。
・リクエストなど
ケセラセラ
☆カオリン様
・感想など
二胡が日本の演歌に合うのだなと再認識しました。
・リクエスト
演歌がききたいです。
美空ひばりさんの曲とか。
☆匿名様
・感想など
演奏とても素敵でした。「陽関三畳」はお声も素晴らしく、特に印象的でした。「三畳」が何かなといつも思っていたのが、3回繰り返すことと知りすっきり。何でも調べれば出てくるのだから、手間を惜しんではいけないなと思いました。
沢山の曲、解説も充実していて、楽しかったです。
ありがとうございました。
・リクエストなど
劉天華はあと1曲を残すのみとのことですが、また最初からやっていただけるととても嬉しいです。
☆あっぷる様
・感想など
井上先生
今日は、楽しむ会&グループレッスン、またまた楽しませていただき、ありがとうございました(^^)
苦闷之謳、阳关三叠、江南春色が一度に聴けて、ほんとうに很舒服、很辛福でした。
苦闷之謳は、曲名からして、何となく苦しそうで、細かい音符だらけの曲というイメージが強く、凄く気になる曲でした。
快弓が多くて弾けなそう感が大ですが、先生の演奏を聴くことができて、今日来て良かった〜と思いました。弾いてみたいけど、無理でしょうかね(>_<)
阳关三叠は詩も曲も大好きで、周老師にこの曲のレッスンを受けた頃を思い出しました。先生の歌声も素晴らしかったです♫
江南春色も大好きな曲で、先生の綺麗なトリルと音色、クリアな快弓が心地よかったです。今の季節にぴったりですね!
いつもダラダラ長い感想メールですみません。
今日先生の演奏を聴いて感じたことは、まず、前回の時と楽器が違うのかなと思うくらい、音色が違って聴こえました。
後で、弓を変えたと伺って、弓が変わると弾き方や音色も微妙に変化するのかなぁと思いました。
それと、アメイジングと舟歌を聴いて、思ったのは、井上先生なりの弾き方というか、二胡が歌っているな〜という感じでした。
普段の自分の演奏は、楽譜通りの味気ないものだなぁ〜と反省させられました。
グループレッスンでは、丁寧に一つ一つ質問に答えていただきまして、ありがとうございました。
また参加させていただきたいです!
以上です!
・リクエストなど
葡萄熟了、喜送公粮
☆匿名様
井上先生、昨日はありがとうございました。
様々なジャンルの曲が聴けて、とても良かったです。
特にリクエストしたヨウカンと舟歌、最後の曲が好きでした。
無伴奏と伴奏付きと演奏されるので、両方聴けて良いと思います。
二胡のリクエスト曲出て来ましたら、メール致します。
また次回の楽しむ会もぜひ聴かせて頂きたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
☆ケイコ様
・印象に残ったことや感想
⚪︎演奏の前にされる、その曲についての詳細な説明、お話、感謝感激です。 ⚪︎先生の歌!とてもとても素晴らしかったです!
⚪︎舟唄がダンチョネ節をそのまま使ってると分かる資料、分かりやすい。それにしても、ダンチョネ節そのものを私は知らなかったけど、お話は興味深かった。
⚪︎江南春色の装飾音、ハーモニクス(倍音)や、早く弾くところ、見事なクリアな音❣️
⚪︎どの曲も、見事な演奏で、感動しました。どこか間違われた?全然分かりませんでした
二胡を楽しむ会に参加できて、本当に幸せです。ありがとうございます。
・リクエスト曲
長相思
☆麻利子様
素敵な演奏をありがとうございました。
曲の解説を詳しくしていただいて、ただ音楽を聴くよりも興味深く聴けました。
どの曲もいっかい弾いてみたいと思い、真下。
グループレッスンでは、皆同じようなところで悩むのだなと実感できたり、先生の御指導だけでなく、色々な人からの情報を得られたり、と有意義に楽しくすごせました。
本当にグループレッスンでなければできない事を体験できました。
また参加したいと思います。よろしくお願いします。
●最後に、私自身のひとことを。
上記の感想には、いろいろ書いてくださいましたが、私自身は、舞台レベルで「音楽」というものを芸術として表現するレベル、もしくはそういうタイプでは無いよな、と感じています。
なにより、最初に二胡を習った先生から、「あなたはセンスや才能があるというわけじゃないけど、まあがんばりなさい」みたいなことを言われたことがあり、まあそんなもんかな、と。
ほんとうに表現者として素晴らしいプロ奏者の演奏は、いまやあちこちで聞く機会がありますし、そういうプロたちの「ホンモノ」の音を、ぜひ堪能していただければ、と思います。
で、それはそれとして、じゃあこんな状況で、私自身が二胡を学ぶ皆さんの前で演奏をする意味っていったいなんなんだろう、とずっと考えていました。
そして、現時点での結論は、「楽屋裏を見せる」に落ち着いています。
3ヶ月の時間のなかで、試行錯誤をくりかえしたり、中途半端な部分や未完成な部分もたくさんあって、私自身も、段取り不足でわたわた慌てたり、手がカタカタ震えたり、間違ったりする。
でも、それでイイと思うようにしています。
その「道半ば」の不完全な自分を、そのまま見てもらえればいいかなと思っています。
コメント
けという両方musicという意味の漢字が重なって出来た熟語ですから、音楽を専門にさせる方は、もちろん音楽を楽しんでいいのですが、音楽の語原は覚えておいてね。】と言われたのを思い出しました。
中国の曲名だからもしかしてと思って。ただし、~楽、という曲名は、张绍老师~の下巻をパット見てもひとつもありませんでした。牧民的歓楽がかろうじてありました。
やはり楽しいという意味なんでしょうか?
ばんびさん
こんにちは。コメントありがとうございました。
前半が切れてますが、たぶん「音楽は「音を楽しむ」とちまたで言われているけど、「音」と「楽」は両方MUSIC・・・」と補っていいんでしょうかね?
1)「音」「楽」について
いまちょっと探してみた結果、最初に見つけた論文を引用すると、
***引用はじめ***
今日言うところの<音楽(ミュージック)>という概念は「楽」一字で表されており、「音(オン)」という語は<音階の構成音(五音)><各地の楽器の出す音(八音)><各地の音調>という意味で用いられていることがわかる。してみると、『呂氏春秋』に現われる「音楽」という連語は、今日言うところの<音楽>を言うものではなく、<音(オン)や楽(ガク)><音(オン)と楽(ラク)>という双称的意味で使われていると考えられる(笠原潔「中国古代の音楽思想」159p『日本の音楽 アジアの音楽6 表象としての音楽』所収)。
*** 引用おわり ***
2)「~楽」について
日本語の「楽」は「ガク」と読んだらミュージック、「ラク」と読んだら楽しいのいみです。日本の漢字の音読みはもともと古代中国語ですから、この区別は現代中国語でいう「yuè」「lè」に由来します。「yuè」=「ガク」、「lè」=「ラク」です。例として出していたのは「牧民的歓楽=牧民的欢乐」は「歓楽街」の「歓楽」、つまり「huānlè」という熟語ですから、これは「楽しみ」という意味で、「音楽」の意味ではないです。
古典的な曲名では、その体裁を表したいくつかの表現があります。「~歌」「~曲」「~楽」「~引」「~行」「~吟」「~操」「~弄」「~拍」「~謳」「~恨」などです(潘方聖『音海琴韻』8p)。うち、「~楽」とついたものを『中国二胡名曲荟萃』から探してみましたが、「花歓楽」は「牧民的歓楽」と同じ「歓楽(カンラク)」という熟語なのでこれを除くと、劉天華の琵琶の先生である周少梅作曲の「西楽」、流波曲で有名な孫文明「弾楽」しかありませんでした。しかも「弾楽」はYouTubeの英文表記で発音が「Tan Yue」と確認できましたが、「西楽」は不明です。けっきょく、全部115曲のうち、「~楽(ガク)」と確認できたものはたった1曲ということになりました。なので、少なくともレアケースと言えるでしょう。
こんなんで回答になってますか?
追伸:実は「弾楽」も「らく(le)」でした! ツイッターの方のご指摘で分かりました。ということは、いまのところ「音楽」の意味の「ガク(yue)」というのはなさそうな・・・。もしまた見つけたらお伝えしますね!