彩雲追月

●出会い

●忘れられていく曲

●一周回って復活?

出会い

この曲を知ったのは、20年くらい前(旧ツイッターには「10年以上」と書いてて、まあ間違いではないものの、もう少し上乗せが必要だと気づいた)。

最初に所属したアマチュア民族楽団で演奏した「彩雲追月」。渡されたのは、たしか手書きの譜面だったような気がする。

当時の私は長期留学から帰国したばかりで、まだ学生で、お金も、将来の展望もなかった。研究者としての適性がないことに気づきつつも、そのまま学生をつづけていて、その一方で語学を学んでみたらなんとかならないかとか、かなり中途半端な気持ちで留学し、二胡に出会った。

しかし、帰国しても宙ぶらりんのまま。半年間だけ通訳の学校に通ったこともあったが、試験などで語学と、実践的な語学力は全くの別物で、そもそも、社会人経験がない私は、語学以前の、企業に必要とされるようなスキルも経験もないという当たり前のことに気づく。これなら、実務に精通する方が、一から語学を学んだ方がよっぽどマシだ、と。

そんな迷走の日々をなんとなくいやしてくれたのが、大学でブラバンのサークルを辞めて以来の合奏の練習日だった。

振り返ると、私はそれまで、「蘇州夜曲」も「何日君再来」も知らなかったなあと。「夜来香」だけは、なんとなく中国でも耳にしたことがあるという程度だったけれど。

楽団を通じて、中国で学んだ以上の多くの曲をやった。

「彩雲追月」もそんななかで出会った。

高胡の音色が美しいこの曲は、もともと清代の頃から広東に伝わるメロディとして譜面化されていたものがあり、それを、1935年に仁光と聶耳(中国国歌になった映画音楽の作曲者)が器楽合奏としたらしい。

民楽合奏版もいいけれど、広東音楽はやっぱりこの編成(五架頭)がいいなあ。

↓は百度の五架頭の説明。

https://baike.baidu.com/item/%E4%BA%94%E6%9E%B6%E5%A4%B4/5315238

笛子奏者の方、左右の手が逆なのが不思議な感じがする。

フルートはいっぱいキーがついてるから、笛子のように逆はできなさそう。

***

ところで、↑に「1935年に仁光と聶耳が」と書いたが、それは↓の百度の記事がもとになっている。

https://baike.baidu.com/item/%E5%BD%A9%E4%BA%91%E8%BF%BD%E6%9C%88/949874

私がこれまで見たいろんな資料では、任光の名前だけで、聶耳は見かけなかったような気が・・・そのへんはまだちゃんと調べはついていないが、すくなくとも、1930年代、聯華影業公司で仁光と聶耳は同僚だった。たとえば、同公司が手がけた下の映画。

冒頭の0:31で「作曲 聶耳」というクレジットがでるが、↓の百度の記事を見ると、劇中の「鳳陽歌」(鳳陽花鼓。35:32から)は仁光のアレンジになっている。

https://baike.baidu.com/item/%E5%A4%A7%E8%B7%AF/2769458?fromModule=lemma_sense-layer#4

忘れられていく曲

話を彩雲追月に戻そう。

改めて聴くと、この曲は前半は典型的な五声音階(だって出だしからソーラドレミソラーだもんな)なのに、後ろになるとどんどんシが増えて不穏になり、けど、最終的にはまた五声音階に戻る。

なんとも不思議な曲だなあと思う。

さらに、仁光たちの器楽合奏アレンジの時期の前か後か分からないが、広東語の歌詞をつけたものが、現地の地方劇である「粵劇」に使われているようで、その動画も見つけた。

広東語の「モイモイモイ」って感じの響きが、鼻にかかったようにまろやかな高胡の音色と相まって、なんとも不思議な感じだ(これらの表現、うまく読んだ方に伝わるだろうか・・・)
さらに、この曲は海を渡って、日本にも来たらしい。
アマチュア楽団で「彩雲追月」を演奏するときは、いつもMC役の方が「この曲は“南の花嫁さん”として親しまれています」と紹介なさっていた。
私はどちらの曲も知らなかったが、聴いてる方の中には「ああ~」という反応をする方もいらっしゃって、それなりに知られていたようだ。
しかし、あれから年月が経ち、次第に「南の花嫁さん」に対する反応が薄くなってきたような気がする。そりゃそうだ、南の花嫁さんは1943年のリリースなんだもの。私の両親もまだ生まれていない。
リアルタイムでこの曲を聴いてた方々は、きっとだんだん減ってきたんだろう。

一周回って復活?

さて、ふらふらしていた私は、最初の楽団も2つめに所属した楽団も退団し、仕事をしながら翻訳に専念した。先生を始め多くの方のサポートのもと、なんとか『張韶老師の二胡講座』の自費出版にこぎ着けることができたのである。
出版からしばらくたって、この翻訳が契機となって、後期だけだが、某校で二胡を中心とする中国音楽の講義を担当することになった。
内容は、唐代から1980年代までの二胡の歴史を15回の授業でたどっていく感じだが、研究者に向いてないと通訳の学校までいって挫折した私が、こういうことをやっていいのだろうか? 誰かに怒られないか? おこがましくないか?といつも迷いつつ、やはり調べるのが楽しいのと、毎年入れ替わる学生さんの反応がいつも本当に興味深くて。
私より音楽に詳しい学生さんにはいろいろ示唆に富んだコメントをもらえるし、一方で、まっさらな状態で授業に来てくれる学生さんの意外な反応も、なんというか、ときには思わぬところから変化球が来たりして、毎年のように楽しく意義深い発見があって、そういう経験をするたびに、おこがましくてもいいから、契約してもらえる間はなんとか続けていきたいと心から願っているのだ。
話を戻すと、計15回の授業を組み立てる中で、1930~40年代の上海のエンタメ界、重慶の青木関国立音楽学院、そして延安の魯芸の3カ所を概観する回にさしかかったところで、私は改めてこの時代に作曲された「彩雲追月」について調べることにした。
昔と違い、いまはYouTubeがある(いま調べると2005年に登場したらしい)。初めて、曲名だけ知っている「南の花嫁さん」を聴くことができた。

ん、キャプションでは「古賀政男作曲」となってる、と思いつつ、この動画を学生さんにシェアして、彩雲追月とともに聞き比べてもらった。
そしたら、数年前くらいから、「この曲知っている」という学生さんのコメントが届き始めたのだ。「あたしンち」に出てた、という補足付きで。
え? 絵柄はなんとなく知っているが、読んだことはない。実は、このマンガの主人公?のおかあさんが、口癖のように「お土産はなあに カゴのオウム」と歌っていたのだった。
「そんなマンガ、よく知らない」という方も、↓の絵を見ると、なんか既視感があるのでは・・・? ブログには、お母さんが歌っている画像も引用されている。
●ブログ:あたしンちあたしンちSUPER② / けらえいこ
ただ、マンガだけだと、メロディは分からない。実はこのマンガは2000年代以降に数回アニメ化されていたらしく(ウィキペディアによると2002~2009年、2015年~2016年。そしてYouTubeではいまも放映?されているらしい)、きっと知っている学生さんはそれを見ていたのだろう。私よりも上の世代と、私よりも下の世代が、アニメをきっかけに同じ曲でつながったというのは、とても面白い現象なのではないだろうか(そういえば、「カントリーロード」も似たようなことが起こっていたことを思い出した)。
また、この曲の、特に「あたしンち」のお母さんが歌っていたところの歌詞の訴求力もあるだろう。下のブログの題名はそのものずばり、だ。いろいろな考察も載っていて、私が当初「?」と思った「古賀政男作曲」のくだりも、実は編曲だということが分かった。
●ブログ:お土産は籠の鸚鵡
いや、面白い。
こんなふうに調べるばかりではなく、実際に広東高胡できれいに演奏できたらきっと素敵だろうけど、私は楽団用の高胡しかもっていないのだった。
アイキャッチ画像はイラストACより
中国風の月と雲のイラスト
※この記事は、2025年11月22日の旧ツイッターの投稿をもとに、加筆したものです。

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