わたしの歩みとピタゴラスとの再会
2019年4月3日(水)、いつもの天王寺区民センターで「二胡を楽しむワークショップ・楽器編」を開講しました。
いちおう「楽器編」は初めてなのですが、内容は、最初にやった「左手編」のやりのこしなのです。完全に時間配分を見誤って、レジュメの半分しかできなかったのです(「左手編」の再開講ではその点を見直してプログラムを組みました)。
で、今回、左手編やり残し分に、右手編を考えているときに時間の都合で割愛したいくつかの内容も含めて「楽器編」としてまとめました。
楽器編の半分くらいの時間は「ピタゴラス音階」についてです。
(私、このワークショップで「音階」と「音律」とをごっちゃにして説明してしまいました。下記の参加者の方の言葉が揺れているのはそのせいです! 猛省します。)
ところで、私の大学・大学院の専攻は中国古代史です。
教育学部の音楽科への進学を高3の夏に諦め、一般大学の歴史科に進んだ私は、英語読めない→西洋史ダメ、日本史は高校でやってない(世界史と倫理を選択)→日本史ダメ、という消去法から、東洋史を専攻することにしました。
なんという後ろ向きな進路選択でしょうか。
東洋史専攻希望のピカピカの大学1年生は、私も含め、ほとんどが「シルクロードやりたい~」と浮ついたことを言うてました。当時大流行した「NHKシルクロード」の多大なる影響を受けていたのです。しかし、三年・四年の先輩方から「資料ないから無理」という一言で一蹴されました。
正確に言うと、資料がないことはないのですが、消去法で東洋史を選ぶような私のようなナマクラ学生にはとても扱えるシロモノではなかったのです。
で、私の卒論は最終的には隋代に各民族・各国から集められた「七部伎」(唐には九部伎、十部伎に発展する)がテーマになりました。しかし、音楽という小テーマを、中国史という大テーマに位置づけることができず、自分は歴史の研究者には向いていないなと思うようになりました。
一方、『中国音楽史』の本を読んでいると、必ず「音律」についての記載があります。
中国ではすでに春秋戦国時代(漢の前の時代です)から「三分損益法」によって十二律が生まれていました。原理はピタゴラスと似たようなものですが、律管という笛を使って編み出されたものです。つまり、管楽器から生まれた原理です。そして十二律は、6つの「呂」、6つの「律」で構成されており、これをあわせた「呂律(りょりつ)」が、現在の「ろれつがまわらない」の「呂律(ろれつ)」のルーツになります。
しかし、音律についての記載のほとんどには、目がチカチカするような数式がずらりと並んでいます。高校のころ、数学のテストでよく赤点をとって追試のためにブラスバンドの練習に遅刻していた過去を持つ私は、すっかりおじけづいてしまい、ぜったいにこの領域には踏み込むまい、と、かたく心に誓ったのです。
しかし、あの学生時代から、時を経て二胡と出会い、『二胡広播教学講座』を訳していく段になって、後ろの方に「五度相生律」(すなわち「ピタゴラス音律」)に対する記載が出てきたのです。
ついに来たか、と観念して訳しはじめました。が、やっぱり、ぜんぜん意味が分からん。
サイトを検索しまくり、家にある本、図書館の本、そして新しく買った本など、何冊も本を読みまくり、それでもよく分からなかったのですが、私が分からないことは、たぶん多くの読者にも分かりにくいだろうな、と思ったので、その試行錯誤の過程を、『張韶老師の二胡講座:上巻』162頁のコラムにまとめました。
(「コラム」は、張韶先生が述べていた本文から離れて、私が自分の責任において、補足事項をまとめたものです。なので、もし記載に誤りがあれば、その責は私が負います)。
ピタゴラスとの奮闘(?)を経て出版したあと、わたしはふと、この知識が二胡の演奏に役立つのではないか、と徐々に実感するようになりました。
もちろん、張韶先生が書いていたので、この知識が必要だということは分かっていたのですが、自分なりに腑に落ちて、それを実感するまでに一定の時間が必要だったのです。
二胡のボディマッピング(?)に試行錯誤・・・
ここで突然話は変わりますが、アレクサンダーテクニークを理解するものの一つに「ボディマッピング」があります。
私の理解では、解剖学的知識や、身体のスケール感を、実際の動作に落とし込んで「実感的に理解」することで、身体の動きを身体のしくみにみあった、合理的なものにするものです。
この「実感的に理解」というのが重要で、『ボディ・マッピング:だれでも知っておきたい「からだ」のこと』には、既に医者レベルの解剖学的知識を持ちながらも、それが自分の動きにはぜんぜん活かされていなかった方の例が紹介されています。
私は、アレクサンダーテクニーク講師資格み必要な単位の一つ「ボディシンキングコーチ」の取得に、ボディマッピングにつながる解剖学的知識を活かして、ワークショップを行なってきました。
右手の使い方、でどうやって音を出すか、左手でどうやって音を変えていくか、それらはどちらも、演奏に活かせる素敵な知識です。
そして、私たち自身の身体のしくみのほか、私たちの大事な相棒である「二胡」そのもののマッピングも必要だなと。
二胡は弦楽器。そして、「弦楽器はどのようにして音を作っていくのか」の根本となるのが、ピタゴラス音律なのです。
しかし、それをどうやってワークショップに取り入れたらいいのか・・・。
最初は、図をいくつかレジュメに載せて、それを見ながら説明する、という形式を考えていました。しかし、それではあまり実感わかないし、それなら「ワークショップ」ではなく、ただの「レクチャー」になってしまいます。
そこで、みなさんに、実際に「なにか」を分割して、音階順に並べてみてもらう、ということをやってもらったらどうだろうか、と考えました。
で、何を使うか。
最初は、弦に見立てて、園芸用の柔らかい針金を使ってみようかと思いました。
ですが、人数分の針金、人数分のペンチ、人数分のメジャーを揃え、それを測って分割して切って、というのは、ものすごく大変そうだ、というのは容易に想像がつきます。それに、3等分していくので、しかし、メジャーで測ると、そのうち小数点とかが出てきて大変だ。測るのではなく、適当に3つ折りできて、簡単に切れる素材はないだろうか・・・。
マスキングテープはどうか? 分割して、ホワイトボードの上に一本ずつ貼っていけば?
でも、粘着力のあるものは、3つ折りするのが大変だなあ・・・。
そうやって、うだうだ考えるうちに、もう日が迫ってきます。とりあえず、何が使えそうか売り場を見ながら考えようと思い、ある日、スーパーの100円コーナーに向かいました。
園芸用針金もありました。ただ、現物をみると、やはり針金はとがっているから、扱うのはちょっと危ないなと思いました。
裁縫コーナーで見つけたのはパンツの替えゴム。あっ、これイイかも。
でもホワイトボードに貼るなら黒がいいなあ。
ただ、白ばっかりで黒がない。
次にファッションコーナーに回ると、見つけたのは髪の毛を留める黒いゴム。
ホワイトボードに貼って、うまくだらんとまっすぐに垂れてくれるかな?
もともとの長さもあまりないなあ。そうとう何束も買っておかないと、全員分を揃えるのは無理かも・・・
スーパーの100円コーナーで長考に入ります。
そして、最終的に購入したのは、黒くて太めの毛糸でした。
はさみも、人数分とはいきませんが、多めに用意して共同で使ってもらおうかと思い、あと3本買いました
(通知には用意するものの中に「はさみ」を入れていなかったからです)。
で、うちに帰って、せっせと人数分の毛糸の束を切りそろえているうち、「これ、全員でこの作業をやってもらって、時間足りるだろうか?」との不安が頭をよぎったのです。
材料を配布して、やり方をきちんと説明して、ドを基準に一オクターブ分の7つの音を作ってもらって、さらに、いくつかの操作を重ねて、最終的にドレミファソラシドに並べてもらう、その過程を順番に理解してもらわねばなりません。
それを、正確にみなさんに説明し、伝える能力が、私にはあるだろうか・・・?
いや、ないだろう。
そう考えると、自身がなくなってきてしまいました。
で、最終的に、「私がデモンストレーションの形でやろう」と決心したのは、ワークショップ前日の夜でした。
あらかじめ、その長さの毛糸を切って用意しておいて、ホワイトボードに磁石で貼っていこう。
ただ、作っていくと、磁石が足りないことに気づき、近所に借りているレッスン場のホワイトボードから磁石を持って帰って、貼り付けられるものはあらかじめ毛糸を貼っていきました。
で、本番では、自分が説明しながら、弦に見立てた毛糸を貼っていき、最終的に一オクターブの音ができる過程を示してみたのですが、もともとええ加減な性格の私が、ふにゃふにゃの毛糸を適当に3つ折りにして切っていったため、作業を重ねるごとにだんだん長さが怪しくなっていき、高い音の毛糸のほうが長くなっちゃったりして、あとからチョキチョキと切ってごまかしたりしました。
いったい、このような説明で、ちゃんと伝えられたのかどうか。
いまでもいまいち心許ない状態です。
でも、その過程を正確に覚えるのが目的ではなく、二胡は「弦の分割」という原理で音を作っていくこと、それと、1オクターブを均等に分割していくピアノやチューナーの原理とは異なること、ということをなんとなく知っててもらうだけでいいのだと、思い直しました。
弓のこと
後半は、「右手編」でやり残した弓のことです。
これを知ることで、弓の操作が楽になったなあと思う知識をいくつかピックアップして、実践しました。
知識の出所は、歴代先生にうけたレッスン、第1回の上海二胡合宿、張韶先生の本などです。
やはり右手の比重が高まるのは、二胡の特殊性もあるでしょう。
内外弦の間に弓毛を挟み込むという二胡の弓は、世界の多種多様な弦楽器(弓弦楽器・擦弦楽器)の中でも特殊な部類です。管見の限り、唯一無二といってもいいでしょう。そのせいで、「換弦」(これは中国語で、バイオリンなどでは「移弦」というそうです)の際には、他の弓弦楽器にはない、特殊な動きが必要になりました。
その代わり、右手の操作は基本的にシンプルになりました。
また、弓が琴筒(いわゆる、二胡のボディというか、共鳴胴の部分です)にのっかっていることで、擦弦点(弦と弓の接点)が定まっています。だいたい、弦の長さによって一番鳴りがいい擦弦点の場所が決まっているそうなので、ここが定まることは、運弓の軌道が安定しやすいという利点をもたらします。一方で、バイオリンのように、出したい音によって擦弦点を変えるのが容易ではないという欠点もあります。
いろいろあるのですが、今回は、前半のピタゴラス音律の流れから
・音=振動。振動が変わると音の高さが変わるから、それにみあう弓をどう使うか
ということと、「右手編」で「腕」を主なテーマにしたので、楽器編では「腕」に引き続き「指」に着目して
・弓をもつ右手指のそれぞれの役割とは何か
を主なテーマにして、いくつかの実験を通して、みなさんに実感してもらうことを目標にやっていきました。
ただピタゴラス音律の説明のあとの、楽器を使ったいくつかのワークショップについては、もう少し丁寧にやってもよかった、とか、時間かけすぎたかも、とか、もっと違うやり方がよかったかも、といろいろと反省点がわきました。
それに、いつもながら、また時間配分がうまくいかず、みなさんの感想をシェアする時間が十分にとれなかったことが心残りです。
今回、何人かの方から質問が出たので、この時間をもう少したっぷりとれていたら、また新しい学びにつながっていったでしょう。
続きの質問については、いったんワークショップを終了したあと、個別に対応しましたが、できればみなさんと一緒にシェアできたらよかったと思いました。
下の写真は、終了宣言したあと、写真を撮ることを忘れていたことに気づき、慌てて帰り支度をしていたみなさんに呼びかけて、集まっていただいて撮ったもの。
ほんとうに、毎回毎回バタバタして、ほんとうにすみません。
(画像は加工しています)
実は、このワークショップの翌日に、私は桜舞い散る京都まで杉原先生のレッスンに行ったのですが、弓のことについて、さらにいくつかの新しい知識を仕入れました。その内容が、自分の中で消化され、実感をともなって使えるようになり、そのうちのいくつかは、やがてレッスンやワークショップにも活きてくると思います。
奥深い二胡の世界。やってもやっても、尽きることはありません。このような面白い楽器に出会えたことは、ほんとうに嬉しい奇跡やと、しみじみ思いました。
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「二胡を楽しむワークショップ:楽器編」に興味を持たれた方はへ
この「楽器編」は「右手編」「左手編」につづくワークショップです。もし興味を持たれた方は、ぜひ来年2月に開講予定の「左手編」、3月開講予定の「楽器編」を受講してみてください。まだ部屋が予約できていませんが、詳細が決まり次第、通知したいと思います。
また、ワークショップはそれぞれ単独の受講も大丈夫ですが、もし系統的に学びたいと考えていらっしゃる方には、「右手編」からの受講をお勧めします。
●「二胡を楽しむワークショップ:右手編」
まだチラシは作っていませんが、もし3人以上お集まりいただけたら、9月4日(水)午後に「右手編」を正式に開講する予定ですので、興味のある方は「こちら」までお問い合わせ下さい。
以下は、ご参加いただいた方々の声です(掲載可の方のみ)。
※がついている箇所については、私の方でコメント末尾で補足しています。
☆SS様
①印象に残った内容
先生、今日も有難うございました。楽器のしくみも分からず、弾いていたので、勉強になりました。
②今後やって欲しい講座
今は、思いつきませんが、又、興味のある題目のワークショップを開催されましたら、参加させて頂きたいと思います。
☆カオリン様
ピタゴラス音階のしくみを初めて聞いて面白かったです。
右手の内弦と外弦の指の使い方のしくみが興味深かったです。今後に生かせそうです。
☆新村様
骨格・筋肉などという観点から二胡を弾くということを考えたことがなかったので、それなりに考えることが多々あり、もう少し初心にかえり学びたいと思いました。
☆あず様
①印象に残った内容
基本的な右手の持弓から音の発生のしくみまで復習も入れて下さり、たくさんのことを学べました。
弦の分割については移動の練習時に参考にさせていただきます。ありがとうございました。
②今後やって欲しい講座
ビブラートのワークショップ希望
☆ケイコ様
分かりやすく、音の根本を教えていただいた気がしています。
知らなかった!へ〜ッ!そうなんや!驚きや発見の連続でした。
そもそも音はどういう原理で?の実験から、音の高さの決め方、あの有名なピタゴラスが発見などなど。全然知らずに、、、チコちゃんに叱られそうです。本でちょっと読んだことを思い出しましたが、その時はなんだか難しそうで読みとばしていました。
チューナーは厳密には正確ではないというのも驚きでした。私は、開放弦以外もチューナーの真ん中、緑色点灯を目指すべきだと思っていたので。※23人組で、2人組で、1人でと、様々な実験?や、いろんなアクティビティ。
倍音を出すアクティビティの、右手弓はしっかり弾き、左手弦は優しく触れる、左右反対のコントロールが特に難しかった。そして、良い音色、変な音、嫌な音にも、そうなる条件があり、気づかせてくれてる意味ある音で、改善のチャンスなんだと思いました。ただただ回数弾いて練習するのでなくて、耳を澄ませて、しっかり聴いて弾こうと思いました。弓のバランスのアクティビティするうち、二胡の鳴り方が変わりました。
外弦を人差し指一指だけで音階を最高音まで連ねるアクティビティも同様に練習したい。姿勢や、右手左手いろいろ試行錯誤しつつ、理にかなった身体に優しい動きで、思う音を出せるよう、一つ一つの音、メロディに応じた弾き方、感覚を自分のものにして、奏でれたら良いなぁ〜と感じました。
高い山の頂上目指す時のように、頂上に至る過程あってこその喜び、感激、
二胡を奏でることも同様かもしれない。チャレンジ楽しみたい。
これからも、宜しくお願いします。
【いのうえから補足】
※1 最初に、「音=振動」ということを実演するために、音叉を使いました。
※2 二胡の音律の原理は、チューナーやピアノのもとになっている音律(十二平均律)と違うということです。
☆匿名様
・ピアノと音が違うこと※
・ばい音が出ること
・右指の事
何もかも新しい感覚を覚えました。
【いのうえから補足】
※上記2と同じです。
☆ハッチ様
弓の持ち方から始まって、弾き方、弦のおさえ方、すべてに意味があることを知りました。
何げなく弾くのではなく、ちゃんと意味を理解して弾くことにより、さらに響いた音を届けることが出来る。すごいですね。この感覚を早く自分のものにしたいと思います。
ご参加の皆様、ほんとうにありがとうございました!